デスノートを拾う(会員登録)

デスノートを取り出す(ログイン)

デスノートを書くにはノートを取り出してください。

Please briefly explain why you feel this question should be reported.

Please briefly explain why you feel this answer should be reported.

Please briefly explain why you feel this user should be reported.

がん細胞DEATH NOTE-日本で唯一がん専門無料SNSコミュニティ- Latest デス書き込み

病院の先生は根治を見込める、根治に向けた治療をと言ってくれたのに、最初のころは既に生を諦めているようなことばかり言っていたよね。

別に自分の人生なんだから、治療するもしないも自分の自由だとは思うよ。

けれどそれを聞いた家族がどう思うのか、どれだけ辛い思いをするのかってことは一切頭になかったんだね。

あなたがそんな言葉を吐く度に、私は死なないで欲しい、助かる見込みがあるのなら出来る限りの治療はして欲しいって心の中で祈るような気持ちで叫んでいたよ。

無事手術も終わって術後治療が終わったあとも、後ろ向きな言葉は変わらず、未だにいつ死んでもいいみたいなニュアンスのことを言うしさ。

「私はいつどうなるか分からない身だから」って言葉は確かにその通りなんだけど、もう大分病状も落ち着いてきて、現状身体の中に病巣はなくなったんだから、少しだけ家族の辛さに寄り添ってくれても良かったんじゃないかな?

あなたは「どうして患者の私が気を遣わなきゃいけないの?」って言っていたけど、患者には患者の辛さがあるように、患者の家族には家族の辛さがあるんだよ。

どれだけ当たられたって、あなたが患者である以上私たち家族はあなたに文句一つ言うことは出来ないし、例え言うことが出来たとしても、あなたは泣いて泣いて暴れるから、逆にストレスが溜まるしね。

「誰も私の辛さを分かってくれない」って嘆いてたこともあるけど、10人に話して10人があなたは間違っていると言ったなら、どうしてそうなのかもしれないって思えないの?

どうして意固地になって自分はこんなにも辛いのに!って感情から抜け出せないの?ほんの少しでもいい、家族のことをちらっとでも見てくれたら、この苦労や努力が報われるようなことを言ってくれたら、それだけで私たちも頑張れるのに。

私たちだってただの人で、ましてや医療従事者というわけでもないんだから、ただただあなたの辛さを受け止めるサンドバッグにはなれないよ。

そりゃあ実際病気を患っていて治療をするのはあなただし、辛い思いをするのもあなた自身なのかもしれないけれど、治療っていうのは患者と家族の両方が支え合って進んでいくもんじゃないの?

再発が起きていないか確認する検査にも文句ばっかり。そして血圧が少し高いだとか、そういった異変が起きて病院に行って欲しいとお願いしても「面倒臭い」で終わらせる。

どうして折角助かった命を蔑ろにするのか、私には理解出来ないや。

あなたが生きることに対して悲観的になる度に、私も生きることが本当に嫌になる。

その病気、私が肩代わり出来たら良かったのに。そしたら同じような台詞をあなたに吐けたのにね。”

母さんへ

母さん、私はあなたの実の息子ですよね。大切な親だからこそ、こうして毎日仕事の合間をみては看病に来ています。でも本心を言えば私も本当に辛いんです。
弱って行くあなたを見るのが一番つらいんです。少しは私の気持ちも分かって下さい。

私が50歳を超えた頃に母さんが認知症を発症、段々と症状が悪くなり最近では私のことも良く分からなくなり暴言を吐いたり、介護士さんや看護師さん達にも
迷惑をかけている母さんの姿を見て本当に辛いです。あなたは本当の母さんなのに何故か遠くの人に感じるようになった自分がいます。私を忘れないで下さい、母さん頼みます。私はいくつになってもあなたの子供ですよ。

母さんが認知症を発症したころを思い出します。
認知症を発症した当初は、親だから面倒をみるのが当たり前だと思っていましたし、今まで愛情をもって育ててくれたことに感謝していたからこそ、続けることが出来たんです。

段々認知症が進んで行く母さんをみて、私は自分に出来る限界を感じ現実を受け入れることが出来なったことを覚えています。
色々な介護施設を回っては、平身低頭お願いをして,漸く特養に入れた時は天にも登る程嬉しく、これからは私にとっても母さんにとっても平穏な人生を送ることが叶うと思っていました。しかしその夢は儚く消え、先日の健康診断の結果大腸癌が発覚し緊急手術を行ないましたよね、覚えていますか。
認知症のため痛みも分からないのですか。母さん 訳が分からないことを言って笑っているのは何故ですか、母さんの本当の気持ちは私には分かり様もありませんが、本当に悔しいです、辛いです、,無念です、悲しいです。母さん、私の気持ちが分かりますか、分かると言って下さい。

どうか早く病気を直して、また昔の様に優しく私に話しかけて下さい、好きだった温泉に行きましょう、美味しい煮物を作って下さい。その夢をもう一度だけ
叶えて下さい。
叶うなら、あの頃に戻りたい、現実から逃避したい。
でも、もっと心から本心を言えば「ふざけるな」と言いたいです。

母さん、酷いことを言ってしまいゴメンね。
あなたには絶対に言えないけれど、これが本心だよ。

もし、あなたが昔に戻ってくれるなら、今の内に医学や介護を学び、将来起こる出来事の為に備えておきます、母さんの部屋もそのままにしてありますので、
いつでも帰ってきて下さい。その時のためにこれからも毎日病院へ通います。

最愛なる母さんへ不肖の息子 より

まだ50代の義理の姉
子ども3人は社会人になり自立しているけれど…
娘の花嫁姿を見たかったとポツリ…
そんなに長く無いことを悟っているかの様な言葉…
私にも娘がいるので何も言えなかった

義姉と義母の仲がそんなに良く無かったので、結婚当初、私はどう対応すれば良いのかすら分からなかった
正直、そんなに好きにもなれなかった
きっと義姉も私の事が好きでは無かったと思う
私と義母が仲良くしてるのも気に入らなかったと思う

最初の何年かこそ気を使っていたけれど…
私は私!そう割り切れる様になり義姉が来ても私のペースでやれる様になった

義実家は商売をしていたので私は義母や義兄の手伝いもしていた
義姉は義実家の手伝いはしないと結婚前から言っていたそうだ
それでも普通に来る神経の図太さに感心さえしたものだ
そしてそれを義兄も何も言わなかった
私には色々お願いしてくるのに…
義姉の事を思うと理不尽さは感じたものの手伝いが嫌では無かった
頑張ってね…という義姉の言葉の方が嫌だった
心底、義姉が嫌いになった
甥っ子も姪っ子も嫌いでは無かったけれど心の底から好きになる事は出来なかった
義姉は私の子ども達には感心が無い様だった

甥っ子や姪っ子達も大きくなり学校等で忙しくなり来る機会が少なくなった
わたしは義姉が義実家に来なくなり喜びさえした

義父の葬儀に来たは来たけど特に何の手伝いもしなかった
あぁ、それほどまでに義実家が嫌いなのだと再確認した

そんな義姉が大腸がんになった
まだ50代…
最初に聞いたときは動揺が隠しきれなかった

いくら好きでは無かった人だとはいえ、大腸がんだと聞いてしまっては平常心を保てなかった

それからまた義姉達との交流が始まった

いくら甥っ子、姪っ子達が社会人になっているとはいえ、独身の子達が仕事をしながらの介護は難しいものがあった
だから、何かあったらいつでも言ってねと子ども達に言った

そこからの病気の進行は早かった
日に日に義姉は細くなっていった
今より良くなる事は無いと思う
今の状態を如何に保てるか…

日にちが経つにつれ、私は今までは今までと義姉の事をそう思える様になった
子ども達には何の関係も無いのだから
いくら社会人とはいえ、子どもは子ども
母親の辛そうな姿を見て平気な訳が無い
義兄も自分は何をすれば良いのか分からない節があった

私は義姉の子ども達の為にも、子ども達や義姉の心のケアをしていこうと決めた
腹をくくったといってもいい

1番は甥っ子や姪っ子に後悔をさせない為に
また子ども達を置いていく義姉の為に
そして…自分も後悔しない為に

そんな時、義姉からありがとうと言われた
驚きと動揺が隠せなかった
そんな事を言う人ではないと思っていたから

義姉にも色々な想いがあるのだろうと思った
何となく義姉を許せた様な気がした

これからも私は複雑な気持ちを抱えていくと思う
それでも今出来る事は後悔の無いようにしたいと思う