父親が肝硬変と肝臓癌を併発して手術ができない状態で余命3ヶ月と言われた時は目の前が真っ暗になりました。
私は一人っ子なので叔父と叔母に話して本人には病名を知らせないことに決めました。
当時夫の両親が近くに住んでいて何かと用事を頼まれる事が多かったのですが父の看病が始まってからも遠慮なく頼んできて断ると嫌味を言われました。
あと僅かしか生きられないとわかっていて少しでも傍にいてあげたいのに義父母は思いやりの欠片もない人達でただでさえ辛いのに心が折れそうになりました。
父は何度か危篤になり持ち直してくれましたがそのことに関しても義父がわざとやってるんじゃないかと暴言を吐き夫が何も言ってくれなかったのには失望しました。
父は末期癌でしたが幸い痛みはそれほどでもなく意識もしっかりしていて会話も普通にできたので何を言われても毎日病院に通ってできる限り付き添いました。
父の兄弟がお見舞いに来てくれて励ましてくれたのがとても大きな力になり父も私も救われたと思います。
子供達もお見舞いに行って父と話す時間を作ってくれてうれしかったです。
義父母と夫は全く病院に行くこともなく私が行くのもよく思っていなかったと思います。
私も父もあの人達にとっては他人だから病気になったのも迷惑くらいにしか思っていなかったんじゃないかと思います。
入院中お盆になって義父母が義妹の家に遊びに行きたいと言い出した時は心の底から腹が立ちました。
明日どうなるかわからないと言われている父を無視して曾孫を見に行くと言い出したんです。
表向きは墓参りという事でしたがこの状況でどうしても行かなくてはいけないことだとは到底思えません。
しかも義父母は夫の車を当てにしていて送って行けと言わんばかりで話になりませんでした。
本当に頭にきたのでもしお葬式になっても帰ってこなくて結構ですと言ってやりました。
石川県まで車移動するのだからもしものことがあっても間に合わないでしょうし私の親族だけ集まればいいと本気で思いました。
結局義弟が石川県まで送って行きましたがその時にすぐにはくたばらないと言っていたそうです。
お盆休みには叔父たちが入れ替わりにお見舞いに来てくれて父の状態も悪くなかったので皆とゆっくり話す時間を持てました。
あの人達がいなかったので私もずっと病院にいることができて却って良かったのかもしれません。
腹水がたまっていて何度も抜いてその度に父は衰弱していきましたが8月末まで頑張ってくれました。
亡くなる日は私も子供達も意識のあるうちに会うことができ私と娘で看取ることができました。
段々と死に近づいていく父を見ているのは辛かったし思うように看病できなかったのが悔しかったです。
本当に父の事を思いやっていたのは父の兄弟達と私の子供達だけだということがよくわかりました。