お父さんはずっとお酒とたばこをやめない人生だったから、肺がんと聞いたときも驚かなかったよ。
でも今思えば、最初は方の骨が痛い痛いと言い出して、やさぐれてお母さんの助けなんか絶対受け入れたくない姿勢を何十年も貫いてきたガンコなお父さん。
弱音を吐いたのには驚いたけど、もうその時には見栄を張ってた分発見が遅くなって骨まで転移してたゆえの痛みだったんだと後から分かったよね。
くだらない見栄と、いい大人がやさぐれて頑固になることって本当に愚かだなあ、虚しいなあと思いながら、一報を聞いて慌ててチケットを買ったその飛行機の中でなんとも言えない気持ちになりながら空を眺めていたのを思い出すよ。
お父さんはなかなかお母さんの前で素直に慣れずにやさぐれていたから、そこから9か月の家族皆からの甲斐甲斐しい介護に気恥ずかしさを感じていたよね。
お母さんも私たち子どもたちもいつでも助けになろうとしてたのにそれをつっぱねて距離を作って放っていたのはお父さんの方だってことが最後の最後に伝わって良かったと思ってるよ。
病気は大変だけど、お父さんが素直になってお母さんに感謝したり、助けを受け入れたり、一緒にご飯を食べて団らんしたりする当たり前の夫婦の関係に人生最後で戻れてそれが何よりだったと思ってるよ。ずいぶん時間かかったね。
そしてこうやって本当に大変な時に支えてくれる妻や子供たちのことを今まで放っておいて、好き勝手にどうでもいい人たちのために時間やお金を使って交友を楽しんできたことを心の底から後悔してほしい。
本当に大切にしておくべきだった人の存在に気付くのが遅いことほど愚かなことはないんだよ。
お母さんが心が大きい人だったから許して受け入れてくれたけど、本当に過分の助けをしてくれたと思うし、頭があがらない思いでいるべきだと思う。
私たち子どもにはいいけど、妻のお母さんに対しては、敬意をこめてはっきりと謝罪と感謝の言葉を口にすべきだと思う。
それができて初めて人として生きている価値があると思う。身近な人の死が近づいて私も感慨深かった、人としての人生の意義ってなんだろうって。
それはまず一番身近な家族からの信頼を勝ち得て、いつ何があっても後悔のない振る舞いを通して敬意と感謝を込めた接し方をすること。
それから次に信頼できる友人たちを作り、自分も友人たちにとって信頼できる忠節な人でいること。
最後に自由と健康などの余裕があれば、社会にとって助けになるような存在になるよう努力すること。
この真逆の生き方していたとしたら、その人は人としての価値はどのくらいなのだろうと。正直あなたの生き方を通してこれらのことを反面教師として学びましたと伝えたい。